オタクのグルメ

「モノを食べる時はね
誰にも邪魔されず
自由で なんというか
救われてなきゃあ
ダメなんだ
独りで静かで
豊かで…」

(井の頭五郎 久住昌之谷口ジロー孤独のグルメ」)

「オタクとファッション」というものが語られることは良くありますが、「オタクと食」というものが語られることは見かけません。
それはオタクと食べ物の関わりが薄いというイメージによるものだと思いますが、オタクも意外と食い物の話にはうるさいと思います。
そして、オタクのことを考える上では、意外に食というのは面白いテーマだと思います。


服装ほどにはとやかく言われないオタクの食生活。
一つには、食事の場面が外見と違ってパッと見てもわからん、という理由があるでしょう。その他の特徴に比べてそれほど目につかないので、意識すらできないわけです。
たとえ意識されても「オタク=偏食家で食生活が超貧弱」というイメージで語られがちです。
例えばウィキペディア曰く

(「脱オタク」の文中、オタクのイメージについての話で)…あるいは、話題面で自分の関心のある分野でしか話をしない・できないといった面や、その趣味嗜好に生活費までもを費やしている結果、「変に低いエンゲル係数」と呼ばれるような、非自炊の貧食・偏食(→ジャンクフードなど)傾向が取り沙汰されている。<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B1%E3%82%AA%E3%82%BF%E3%82%AF>

とか。
オタクは本やゲームを買ったり、コミケなどのイベントに行くために、支出を減らそうと色々と節約しますが、まず食費を削りがちです。
特に貧乏な若いオタクなどは、衣服と食事くらいしか削りようが無かったりするので、結果として「オタク=服装に全く気を使わない」というイメージと同じように「オタク=食生活が貧弱」というイメージを生み出してしまいます。
一方で小太りな人も多いことから「偏食家」というイメージが作られているのでしょう。
この「オタク=ダメダメな食生活」というイメージは強く、オタクと食について語ることを難しくします。
「オタクはダメダメな食生活をおくっている」というイメージは、「オタクとは食い物に関心が無い連中」と連想させます。そこから「食べ物に関心のあるオタク」は、ほんの一部の「グルメオタク」や「健康オタク」に過ぎないのだ、というイメージも生まれます。
そうすると、オタクと食べ物の話をしようとしても「オタクは食い物に関心の無いもの」としてしか語られず、それ以外の内容だと「それはグルメオタクの話だろ?本当のオタクは食費を削ってグッズを買うんだから、食い物がどうこう言うオタクは、本当のアニオタとかゲーオタじゃないよ」という風になります。


誰もがそう考えているわけではないでしょうが、「食べ物」と「オタク」というと、「ナムコ」と「餃子」くらい結びつかないような印象はあるのではないでしょうか。


しかし、実際はこうしたイメージに反して、多くのオタクは食べ物に強い関心やこだわりがあるのではないでしょうか。確かにオタクの中には食費を削ってグッズを買ってる人は多いですが、ネットを見てみると、意外に多くのオタクが、食費に金をつぎ込み、自分なりのこだわりをもっているようです。


多くのオタク系サイトでは、普段はあのラノベ買ってこのアニメ見てという話がメインになっていますが、時に「どこそこの店でこういう飯を食った」という話が取り上げられます。
例えば、オタクサイト東の雄である「GF団」のK(仮称)さんは、大体1・2週間に一回くらいの割合で飯屋や食い物の話題が書かれます。孤独のグルメの舞台になったお店に行かれたり、色々なお店を巡られてるようです。

や、一旦デブメニューを食したらその日はその勢いでデブ関連で統一するのが粋と艶。
デブメニューを頼んだからあとはカロリー控えめってのはちょいと雄らしくないので。
ただ、後に待ち受けるは軽い後悔と胸焼けですが。
案の定、チョコレートドリンクの後は胸焼け一直線でしたが。
一息になってねえ。
(K(仮称) 「GF団」)<http://members.jcom.home.ne.jp/vampirdzhija/2007-1.html#070114

などなど、食事に対するメタボリックなこだわりが伺えます。
同じくオタクサイト北の雄である「好き好き大好きっ」のYU-SHOWさんも、今年に入ってからはあまり食べ物の話題もありませんが、去年は「スープカレー」の話題が結構出てきました。

ここの日記ではあまり書いたことありませんが、最近俺周辺では、ものすごい勢いでスープカレーがブームであり、ことあるごとに札幌の有名店を渡り歩いていたりします。そのうち、たびさんのトルコライスネタに対抗して、なんか書いてみたい気分。

(yu-show 「好き好き大好きっ」) <http://www.ne.jp/asahi/yu-show/sukisuki/200601a.htm>

その「変人窟」のたびさんも、トルコライスを中心に、旅行した先々での食べ物の話とかを良くされています。さらには「長崎うまかもんマップ」なるものまで作るほどで、けっこうな情熱を食べ物に注いでると感じます。
中京にもオタクが大勢おりますが、彼らの口の端に良く登るのは、なんと言っても「喫茶マウンテン」の話題。「DAIさん帝国」や「ゴルゴ31」などの中京の方々のアピールで何度も話題になり、今では遠方のオタクの中からも、マウンテン登頂を目指すものが後を絶ちません。今は休業中だそうですが。
もうちょいと著名なところで言うと、「たけくまメモ」の竹熊健太郎先生は、カレー屋「アサノ」への情熱あふれる記事を書かれてます。

断っておきますが、俺はグルメではないんですよ。メシなんてガソリンみたいなもので、腹を満たせればいい、味がついてりゃいいってなもので。逆にいえば、こういう味オンチにも「うまいとはこういうことか」と思わせる説得力がこの店のカレーにはあります。
(竹熊健太郎 「たけくまメモ」<http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/04/post_3.html>)

確かにオタクには「メシなんて食えりゃ良い」的な考えの人も多いですが、逆にそういう人ほど、旨いものを食べたときに素直に感動して、そこにハマるような気もします。
また本田透さんの「しろはた」では、最近はもっぱらアニメやゲームやラノベの話題ばかりですが、過去ログを色々見てみますと、割としょっちゅう何かしら食べ物の話題で盛り上がっています。電波男以前は、しろはたと言えばエヴァと野球とカレー(あと焼きそば?)という印象を持たれていた方も多いのではないでしょうか。
って気がつくとこんなことが書いてあった。

 いやこんなこと言ってる間に原稿書かないといけないんですけどね。仕事が詰まってくると、もうれつに違うことやりたくなりませんか。∩( ・ω・)∩ 例えばこのWebサイトをカレーサイトに大改造するとか!∩( ・ω・)∩
本田透 「しろはた」<http://ya.sakura.ne.jp/~otsukimi/index.html>)

いいなあ、久々にカレーレビュー見てみたいなあ…本田さんは自分を偏食家と言いますが、逆に偏食家だからか、食に対する好みやこだわりの強さが感じられます。
少々話がずれました。
他にも、オタクたちは時として食事についてポロポロと語ります。
唐沢俊一もオタクの仰臥漫録がごとくブログに日々の食事を記していますし、「魂食」なんて本も出しています*1。どの本かは失念しましたが、大久保の韓国料理屋で旨い犬鍋料理が食えるとかいう文章も書いてました。
荒俣宏も昔「太陽」で「荒俣宏の会社メシ」とかいうコラムを書いてましたし。荒俣先生は普通の食事の代わりに、平凡社の人が差し入れするお菓子が主食になってるとかいう内容でしたが。他にも、以前テレビでツナ缶かなんかの貴重な缶詰が旨いとか力説していました。この辺は記憶があいまいなのですが。サバ缶かな?
オタキングプチクリ日記とか見てても結構良い物食ってるなあと思いますし、

 しかし、料理にも裏街道はあるだろう。だいたい、「美味しい」というのが本当にそんなに大事な要素だろうか?もし、そんなに味が大事なら、なぜ21世紀の今になって我々は、レトルトのカレーやカップラーメン、牛丼を求めているのだろう?グルメ評論家のご高説を読んだときに感じる、一種の胡散臭さはどう表現したらいいのだ?
 食とは、本質的に暗いものだと思う。大人数で食べる食事、親密な二人で食べる食事、一人で気楽に食べる食事、家族で食べる食事。それぞれ、おのずと要求されるものが違う。

http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/nikki/o2003/o0304a.html

こういう文を書くあたり、オタキングもまた食に対し、それなりのこだわりを持っているのが垣間見えます。

他にもネットをちょいと見回ると、オタクは食を語ることが意外に多いことに気がつきます。
オタク系のブログでは「ウィキペディアの卵かけご飯の項目が凄い」「あのアニメの料理を再現したサイトを発見」「やたら凝ったキャラクター弁当を作ってるブログ」といったトピックがよく注目されます。
取り上げられるほど大きなネタでなくとも、「この間××ブログの○○さんとあそこの店に食いに行った」とか「金がない時はこういうものを買ってこういう工夫をすることで腹を満たす」みたいな話を、ネット上でオタクはよくします。こういう話はブログよりもmixiとかの方が見かけやすいかも知れません。
人口の多くがオタクと思われる2ch虹裏のような掲示板でも、食べ物についての話題は頻出です。一世を風靡した吉野家のネタで、一番盛り上がったのはオタクたちでしょう。僕の周りにも吉野家オフだかで吉野家に食いに行くオタクは何人かいました。
一つ一つの事例を紹介することは面倒なんでしませんが、そういえばあのオタクサイトでもそんな話題があったという覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。



しかし、色々と例を挙げてはきましたが、「これは偶々例に挙げたオタクたちが食い物にこだわってただけで、一概にオタクがそうとは言えないだろ」というツッコミがあるかなと思います。
確かにそうなのですが、一方で、こうした事から「オタクは食生活が貧弱」「オタクは食い物に関心が無い」と一概に言えないのも確かです。


なにせオタクと食という話題は今まであまりにも軽視されてきたので、オタクの食生活に関するデータがほぼ無いに等しいので、こうだとは断言できません。しかし調べてみると結構面白そうなことも多く、オタクを考える上でも参考になりそうに思います。


例えば、秋葉原の飲食店(メイド喫茶でなく)の数はここ数年でやたら急増していますが、飲食店にもオタクの食に対する嗜好のあり方が出ているように思います。
十年一昔前は孤独のグルメでも

この街には"食欲"というものが欠乏している気がする

(井の頭五郎 久住昌之谷口ジロー孤独のグルメ」)

などと言われるくらいだったのに、気がつくとそこかしこに飲食店が立ち並んでいる有様の秋葉原
一方でアキバ・イチみたいなのは傾いてきているという話もあります。
「こんなにメシ屋が出来てるのは、アキバを乗っ取ろうとする一般人の陰謀なんだよスカリー」と力説してくる知人がいるのですが、実際は乗っ取られるどころか、オタクが食いに行かないような店は淘汰され、オタク好みの店が生き残りを競う有様になっていると思います。

逆に、オタク好みの飲食店というのが、秋葉原を見てると良く分かります。マックや吉野家などのファーストフードはどこも割合混んでますし、ラーメンや立ち食いそばなどの麺類の店はどこも盛況です。ドネルケバブにはT-ZONEツクモの袋を提げた人がよく並んでますし、カレー屋なんかもオタクには人気です。神田の方にちょっと行くと「仮面ライダー響鬼」のロケで使われた有名な甘味処がありますが、そこに行くと必ず一名は自分以外のオタクがいたりします。
こうしたところを見ていくと、オタクがどういう食事を好むのかというのが割り出せるでしょう。
薄味で量が少なめのものよりも、カレーとかラーメンとか肉料理とか、味が濃くて量の多い、労働者のような嗜好がオタク全般にあるように思います。
というか皆カレー大好きです。頭にスイカ乗っけた漫画家もカレーが好きですし、「オタク」と「カレー」は何かの因縁があるのかもしれません。
…とまあ色々と話は膨らませそうなのですが、こうした秋葉原の食文化に言及している人は少なく、森永卓郎先生が缶おでんをちょいと語っている程度です。


「オタク」と「食」というテーマはあまり語られない話題です。
ですが、「ファッション」がオタクの価値観の反映として語られるのに、「食べ物」がそういう文脈で語られないのもどうかと思います。
服は割と適当に買って着るオタクも多いでしょうが、食生活は服装以上に主体的な選択がされますから、オタクの価値観をより反映しているものではないでしょうか。
実際、オタクは普通の人たちとはまたちょっと違う方向で食事に凝ってるようにも思えます。


ということでまた長くなりましたが、今回は「食い物の話もオタクの話の中でしてもええやん」という提案でした。

*1:って言っても監修ですが